BLUNDSTONE®  TASMANIA AUSTRALIA 1970BLUNDSTONE®  TASMANIA AUSTRALIA 1970

HISTORY

タスマニアの自然が生んだタフなブーツ

オーストラリア南東部に浮かぶタスマニア島。大陸から隔てられたこの島には、他に類を見ない豊かな自然が残されている。世界遺産にも登録されたクレイドルマウンテン‐セントクレア湖国立公園に代表される手付かずの自然環境、そこで育まれた独自の生態系。恵まれた特異な環境が、オリジナリティにあふれたブランドストーンのシューズを生んだのだろう。19世紀、タスマニア島にはイギリスから多くの人々が移住してきた。ブランドストーンの創業者であるジョンとイライザのブランドストーン夫妻もまた、希望を抱いてタスマニア島へと渡った。そして、最大の都市であるホバートでシューズの輸入ビジネスを開始。後にタスマニア製レザーを用いたオリジナル製品の生産に取り組むようになる。まだ開拓途上だったこの時代、ブランドストーンのタフなブーツやシューズが、人々の足元に安心感を与えたことは想像に難くない。

オーストラリアの国民的ブランドから世界的ブランドへ

1930年代に入り、ブランドストーンは大きな転換を迎える。同じく移民である兄弟が設立したタスマニアのシューズメーカー、カスバートソン兄弟社とM&Aを行うことで生産規模を拡大、第二次世界大戦下では、オーストラリア陸軍にブーツを供給するなど、タスマニアの重要なシューズメーカーとして成長していく。また、60年代にはオーストラリアンフットボールのレジェンド的存在であるタスマニア島出身のダリル・バルドックの名を冠したフットボールブーツを手がけたことで認知度を高め、国民的なブランドとして愛されるようになる。そして、アイコニックなサイドゴアブーツもこの頃に誕生。90年代に入るとそのサイドゴアブーツが一躍脚光を浴びる。履きやすく、丈夫で、ジーンズのようなカジュアルなファッションとも相性がいいため、若者たちがこぞって履くようになった。その人気は海を渡り、欧米でもファッションアイテムとしての地位を確立し、現在では、50カ国以上の国で老若男女問わず親しまれている。

  1. 1870

    移住そして創業

    ジョンとイライザのブランドストーン夫妻がイングランドからタスマニアへ移住。ホバートでブーツとシューズの輸入を開始する。
    その後、ジョンが1棟の工場を建設し、息子がビジネスを引き継ぐこととなる。
    1902年には、ジョン・ブランドストーン・アンド・サンを設立し、2階建ての店舗を建設する。

  2. 1940s

    戦乱の動乱を超えて

    第二次大戦勃発後、オーストラリア陸軍からブーツ製造を請け負い、50万足以上を提供。
    タスマニアの地も戦争の動乱の影響を受けていた。

  3. 1960s

    サイドゴアブーツがアイコンとなる

    オーストラリアのフットボール界のレジェンド、ダリル・バルドックの名を冠したフットボールブーツを製造するなど、マーケティングにも力を入れ、ブランドアイコンとなるサイドゴアブーツが浸透した。

  4. 1970s

    オーストラリアを代表するメーカーへ

    1972年にはオーストラリアのフットウェアメーカーで初めて、インダストリアル・カウンシル・オブ・オーストラリアからデザインアワードを授与されるなど、オーストラリアを代表するシューズメーカーへと成長する。

  5. 2000s

    技術革新はつづく

    PS X-TRA という自社開発のアウトソールにより、新境地を切り開く。
    また、画期的な衝撃吸収システム、SPS MAXを採用したプレミアムセイフティーブーツを開発するなど、現在も次々と技術革新を続けている。